2021年5月31日月曜日

「保守」とはなにか?

楕円の哲学】ー永遠の今ーeternal now-

  「過去を捨象 すると革命になり、未来を捨象すると反動になる。」というのが田辺哲学(田辺元)の教えているところであると思う。現在は、未来と過去の緊張したバランスの中にあって、革命であっても困るし、反動であってもいけない。未来と過去が緊張したバランスの中にあるように努めていくのが、「健全な保守」というものではないだろうか。私は保守主義をこのように考えている。-大平正芳「在素知餐」-

    註:「捨象」物事を論じる際に、本質的でないととらえられている部分を         無視こと。

   前尾繁三郎・大平正芳・宮澤喜一(宏池会)の保守政治の特性を共有

第一:保守主義は過去との連続を保ち伝統と秩序を尊重し、そのなかで出来るだけ徐々に不安と混乱をなくして創造と進歩を目指す立場である。

第二:秩序をともなった自由と政治的平等を尊重する保守主義は、当然議会主義、民主主義を擁護し、常識と体験の上に立った中庸の道を歩む。

第三:古いというイメージを持たれる保守主義であるが、あくまで筋を通して、行政と立法に限界を十分考えながら合理主義に徹する。


  人間の歴史には、いつの時代をとってみても、今日と較べて、ひどくよかったという時代はなかったようです。(中略)いかなる手段にも必ずプラスとマイナスが伴うもので、絶対的にプラスである手段などというものはないということです。現実にはよりプラスの多い、よりマイナスの少ない手段を工夫することだと思います。ー大平正芳「変革と対応」ー



2021年5月27日木曜日

「普通」とは


           温 又柔 著「真ん中の子どもたち」集英社

台湾で生まれ、3歳から日本で育った小説家。同署は2017年度の芥川賞候補作品です。
日本人父と台湾人母の19歳の女性と, ほかに男女二人が中心に、中国語(普通語。北京語)を勉強するために、上海の語学学校での出来事、恋愛、中台関係、日中関係等を絡めた、青春物語。

芥川賞候補に終わりましたが、選考委員の宮本輝は「・・・当事者にとってはアイデンティティと向き合うテーマかも知れないが、日本人には対岸の火事・・・他人事で退屈」と評していました。

著者は、子供のころ、自分の母の日本語がほかのひとと違うことを疑問に思う。彼女にとって日本の学校は、日本人ということが「普通」だど教え込まれる場所だった。それでも、「大勢の人が信じるものが正しいとは限らない。物差しはいっぱいある。少数者とか、はじかれている人はそのことに気づきがちです」とも言っています。

それでも、こうした環境で語学留学が借金しないで海外に行ける人たちはまだしも、日本に働きに来るのに多額の借金をして、技能実習生などように、一応技量とつけて国に帰ってもらうと建前で、実際は単に労働力としか見なされない人たちもいます。

移民問題・国際化・多様性、日本はまだまだやらねばならにことがたくさんあると思います。

2021年1月25日月曜日

半藤利一氏に捧ぐ


  両書籍は、先ごろ亡くなられた半藤利一氏に関する書です。上は「世界史の中の昭和史」(集英社刊)下は、学術会議メンバーの任命を菅総理に拒否されたままになっている、加藤陽子氏との対談が収録された「昭和史裁判」(2011年7月初版)です。

  上は、巻末に青木理氏との対談が掲載されています。ヒットラー・スターリンなどの独裁者に焦点を当てながら、日本の外交を軍部や政府がどのように対応・外交政策を進めていったかが年代を追って書かれています。
  一方、下は、文字通り、両氏、半藤氏が検察役で、加藤氏が弁護士役という設定で、軍人ではなく広田弘毅・近衛文麿・松岡洋祐・木戸幸一、そして昭和天皇に焦点を当てながら、「ただ、被告は人間というより昭和史そのものです。裁判というより歴史法廷です」(加藤氏の言葉)

  半藤氏はご自身を「歴史探偵」と称し、お二方とも、歴史の一次資料に没頭されての執筆がベースとのこと。この「世界史の中の昭和史」昨年2020年7月初版して、これまでに「昭和史」「昭和史戦後編」「B面昭和史」と執筆の後の謂わば集大成のような本であるような気がします。実質的に半藤氏の遺稿かも知れません。
 

2020年11月26日木曜日

戦後保守


       福永文夫著「大平正芳」(「戦後保守」とは何か 中公新書

一 保守主義は過去との連続を保ち伝統と秩序を尊重し、その中でできるだけ徐々に不安と混乱を少なくして創造と進歩をめざす立場である。

二 秩序をともなった自由と政治的平等を尊重する保守主義は、当然議会主義、民主主義を擁護し、常識と体験の上に立った中庸の道を歩む。

三 古いといわれる保守主義であるが、あくまで筋を通して、行政と立法の限界を十分考えながら合理主義に徹する。

60年代安保闘争など岸信介内閣の「政治の時代」から、寛容と忍耐で「所得倍増」計画で「経済の時代」の池田隼人を総理にする会から旗揚げした「宏池会」で池田を支えた、大平正芳・宮澤喜一・前尾茂三郎が共通していた、保守政治の基本的な考えをこの人たちはきっちり共有していたそうです。そして、大平氏は「文化の時代」を標榜していた。

その後、「三角大福中」(全員が総理総裁を経験)と言われる、自民党内での派閥抗争の激しかったことは、決していい面ばかりではありませんが、政治(政局)にダイナミズムがあったように思います。主流ができれば反主流が存在し、切磋琢磨していた面もある。

大平氏の座右の銘は「一利を興すより、一害を除くに如かず」だそうです。気負わずに、淡々と、結果よりもプロセスを重視し、現実的に問題を処理することを旨とした。そうした考えが、のちの「60点主義」の哲学ともよばれた、大平氏の政治姿勢のようです。

2020年7月18日土曜日

代表制民主主義を考える

           高安健将 著「議院内閣制」中公新書

戦後の憲法の元、日本が手本とした、英国の議院内閣制の歴史と現状を詳しく記した書です。そんな理想的とされた英国でも、近年スキャンダルや政策の失敗により、保守党と労働党は共に国民の信頼を失い、支持基盤の空洞化が進む。
危機に直面した英国は議員内閣制を変貌させる道を選んだ。挑戦する英国から日本は何を学ぶのか。著者は問うています。

20202年7月14日、新型コロナウイルス禍を「100年に一度の国難」と宣言した安倍晋三政府与党は、国会を延長せずにあっさりと国会を閉じた後、初めての休会中審査として、予算委員会を僅か三時間弱づづではあるが開いた。
数ある委員会の中でも、予算委員会は基本的に国政全般を議論できる場です。
にも拘らず、この日、閣僚席には西村担当大臣ただ一人と他の閣僚席には参考人が三人、また普段は参考人がいる席には副大臣(政府代表?)としているという、これまであまり見たことない光景でした。一瞬、目を疑いました。

小選挙区制度は二大政党政治を進めるための改革でした。それから20年余、それすら確立
できていない日本です。小選挙区制は大政党に圧倒的に有利です。野党がばらばらでいる限り、自民党の独壇場は続きます。せめて、与野党伯仲の状況を造らなくては、独裁国家になりかねません。

議院内閣制の日本も、現状を変えていかないと、代表制民主主義の危機⇒崩壊を招きかねません。政治家をもっと勉強し、有権者も「なんとなく」で決して選ばない土壌を作らなければならないと思います。

2020年6月3日水曜日

「永久平和のために」カント 集英社 を読み直す

この本の帯に⇒この本から「国連」や「憲法第9条」の理念が生まれた。とあります。

赤川次郎氏は、「真実のことばは時代を超えて人の心を打つ、カントは、戦争を「積極的平和」などと言い換えることを決して許さないだろう。とコメントを寄せています。

一文を紹介しますと「行動派を自称する政治家は、過ちを犯して国民を絶望の淵に追いやっても、責任は転嫁する」

世の中を分断することを厭わない政治家、自分の失政を認めない政治家、要注意ですね。

今こそ読みたい16歳からの平和論と、初心者向けですので、私のような者でも、理解出来た気がします。

2020年5月13日水曜日


            井波 律子 「論語入門」岩波新書

『過則勿憚改』 (過ちを改むるに憚るころなかれ)

どなたも知っている、有名な孔子の言葉です。
この言葉の前に、何が書かれているか?

『君子不重則不威。學則不固。主忠信。無友不如己者。過則勿憚改。』

君子(ひとかどの者・権力の座にある者)は、重々しくなければ威厳がない。学問をすれば、頑固でなくなる。真心と誠実さを主とし、自分より劣る者を友人にするな。過ちをおかしたならば、ためらわずに改めよ。
孔子は、45歳も年下の弟子の言葉の対し、自分が誤った返事をしたことに気づき、「前言戯言之耳」と謝ったそうです。

人間は誤りを犯すものです。「責任はある」と言いながら、全然取らない。「こちらから言わせれば、国民の皆さんが誤解している」と言って、反省の弁なし。こんな人たちが国のトップでいる国はどうなんでしょうか?

自粛の最中、論語の入門書を読み直してみています。

2020年5月10日日曜日

    後藤新平「国難来」鈴木一策=編・解説 (藤原書店)を読む。

関東大震災の後、東北帝国大学生を前に、第一次世界大戦のあとの、ベルサイユ条約の内容をみて、「第二次世界大戦を直観した」と講演したものを現代語訳で収録し、編者の解説付き書です。大震災後、後藤新平は、内務大臣・復興院総裁になり、その帝都復興計画の原案作りを東大教授本多静六(後に、「公園の父」と称される)に命じます。彼は二晩徹夜して計画書案を作りますが、大蔵省、帝国議会に反対され、縮減を余儀なくされます。実行された、隅田・浜町・金糸町の公園は、その後のアメリカ軍の空襲に際し、避難場所として大いに役立ったとのこと。

後藤は、本多に「実は、この場合誰がやっても同じさ、完全なものはできやしない。いい加減でいいんだ、いい加減で・・・・ただし、思い切ってでかいことをやらなければいけない」と言ったそうです。俺が責任持つからということだと思います。

本多静六は、これに先立つこと、東京駅などで著名な辰野金吾から丸投げされて、日比谷公園の設計をします。日本初の洋風公園ですが、東京市会には「夜間木や花が盗まれる」と反対されますが、「盗まれないくらいに国民の公徳が進まねば、日本は亡国だ。公園は一面その公徳心を養う教育機関の一つになるのだ」
彼は、投資家でもあり、莫大な資産を形成しますが、定年退官後(昭和27年)にほぼ全財産を匿名で寄付します。

後藤新平は、臨終間際「金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。」と述べたようです。

危機と復興への想像力、人に大事を任せ、人を動かす信念と言葉、そして泰然自若として目標に向かう努力、こうした人物を今の政界・財界に探すのは至難の業?




2020年5月6日水曜日

        【辛抱】と【我慢」の違いを考える

【辛抱】:環境の苦しさに押し流されないで、向上心をもち続けること。

我慢】:➀我(が)を立てる気持ちが強すぎ、自ら高しとする念が常に全面に出る意⇒⇒⇒⇒⇒自慢. 
     ➁少しくらい自説に無理があると分かっていても、意地で主張を通す様子。
     ③精神的・肉体的に苦しい事があっても意地で凌ぎ通し、弱音などは吐かない

新明解国語辞典には、以上のような解釈がなされています。

「我慢」は仏教の言葉です。ナーガールジュナ(龍樹)に始まる、大乗仏教の大事な教えの中に唯識論があります。興福寺・薬師寺などの法相宗が大切な教えとしています。
「世界は心の表象である」とし、六識(眼識・耳識・鼻識・舌識・身識+意識)この意識の奥に「未那識」があり、これが執着の源泉であり、更に倉庫の様に「阿頼耶識」がある。これらが蓄積され残滓⇒「薫習」タネとなりにおいがうつると言うことのようです。自我が執着し、未那識の歪んだ認識(我癡・我見・我慢・我受)これらの識を「智」へということのようです。
この中に出てくる「我慢」は;いつでも自分があると思い続けること⇒執着

この様に、我慢と辛抱はかなり違うと思いませんか。辛抱には向上心がありますが、我慢には、前向きな意味は無い様に想います。

今、世界は新型コロナウイルス禍の最中にあります。どのマスコミでも、我慢を使って、自粛(これは辛抱を求めている?)を言っています。

漢字(表意文字)は見てすぐその意味が分かる利点があります、我慢・自慢・怠慢・緩慢などなど、余りいい意味の熟語がないようです。

言葉は時代とともに、変化していきます。それが正反対の意味になっているケースも誤用されているケースも多々あります。

「家にいて辛抱しよう!」これが、今の新型コロナウイルス禍に対処する言葉ではありませんかね。

2020年4月15日水曜日

赤石読書会

地元に読書会が立ち上がる

文字離れ(書籍・新聞など)が顕著になり、SNSの普及により、簡単な文章でのやり取りで、世の中が動いている昨今、有志15人が集まり、読書会が発足しました。名付けて「赤石読書会」です。ここは、群馬県伊勢崎市ですが、嘗てここには赤石氏と言う藩主がいましたそうです。(私は市外からの者なので詳しく知りません)そこで、おこがましく、市全体の名を冠するより、地元中の地元にできた読書会なので、「赤石読書会」と名付けました。
昨年の一月から活動を開始して、一年三か月が過ぎました。この間、会員の皆さん全ての方に、一冊の本を選んでもらって、その内容や感想を約一時間話してもらい、それを参加会員がいろいろと意見・感想を述べていきます。当該の本は、事前に読んでもよし、読まなくてもよしです。中には、読まないで来てほしいとの発表者もいます。

発表される本のジャンルは様々です、自作の小説、本の裏側、注目の人物の小説、宗教に関する書、などなど千差万別です。年齢層がやや高いかもしれませんが、若い人もいますので、バラエティ豊かになっています。

この4月が、新型コロナウイルス禍で、通常の例会ができません。たまたま、発表者が一巡したこともあって、4月は「昼食会」の中で、今後の方針などを話あってもらうつもりでしたが、「三密」避ける意味合いもあり、お弁当は持ち帰りランチなりました。

中止することは、簡単ですが、「自粛」が「委縮」になってはいけないとのおもいから、非常事態宣言の適応されている都府県でも、十分通用する「自粛」の範囲内での「特別例会」となります。

新型コロナウイルス禍の収束を願いつつ、読書会の良さを追求していきたいと考えています。
因みに、私が当会の会長に選ばれ他次第です。任期は2年です。

2017年11月7日火曜日

 国際交流 ボランティア 多くの日本語に勉学者たち 

大森和夫・弘子(国際交流研究所)編著「『日本』って、どんな国?」日本僑報社

  内外で日本語を勉強している学生・社会人などの、「日本語作文コンクール」世界大会での、優秀作品を集めた書です。まず、こうした日本語教育に情熱を傾けておられる大森ご夫妻(国際交流研究所)に敬意を賛意を表します。
  日本語を勉強しているくらいですから、日本に好意的であることはその通りです。でも、中にはしっかりと日本を観ている人もいます。ボランティアながら、同じく日本語教室で日本語を母語としていない人たちに接していると、こうした書はとても参考になります。
  日本の学校では、英語英語と草木もなびくような空気ですが、今では300万人以上ものひとが日本語を勉強し日本に興味を持っています。日本に観光でお見えになる外国人も大幅に増えました。
  素敵な日本語の作文を通して、日本を見直すこともいいかなと思います。
 

2017年10月14日土曜日

来年の明治150年を考える 戦前80年 戦後70年 隔たり

須田努著「吉田松陰の時代」岩波書店

  安倍政権は、来年の明治150年を大々的に行事をやるようです。「実現された近代化政策として、立憲政治、議会政治に導入、国際社会への対応、技術革新と産業化の推進、義務教育の導入や女子師範学校の設立など女性を含めた教育に充実等々・・・」が揚げられ、これらを達成した「明治の若者や女性、外国人などの活躍を改めて評価」し。明治期の文化活動にもふれ、「日本の強みを再認識し、今後の更なる発展を目指すきっかけとなる」政策を推進するとある。そうです。(ホームページ 首相官邸 会議等)

  これは歴史認識に問題である。内線の中から明治と言う時代が生まれ、対外戦争は繰り返され、経済格差は拡大され、琉球・沖縄を「植民なき植民地」であったと著者は述べています。この行事には、これらの事実が語ろうとしていない。

  この書は、松陰の足跡や資料を丁寧にたどり、松陰をして「おっちょこちょい」な青年、思想家・革命家と「上書きされた」人と捉え、彼を「時勢の人」と見る。

  西郷隆盛が主張したとされる所謂「征韓論」も、この吉田松陰の「挑戦侵攻論」など、即ち「富国強兵」論があった。と記しています。

  時の、為政者が自分の「都合のいいとこ取り」をします。安倍政権の明治150年の行事はまさにその感があります。

2017年10月9日月曜日

2017 総選挙 日本人に政党支持 永田町と一般人の意識の乖離

明日、総選挙が公示されます。選挙戦は既に佳境にはいいています。公職選挙法が複雑怪奇なために、日本の選挙の在り方は歪んでいますが、それでも選挙は民主主義に根幹です。棄権が一番この国を危険にします。棄権しないように呼び掛けるのは、個人でもできます。せめて、身内からは棄権者を出さないことです。

政党支持を分類すると;
*「消極派」政治的に知識や関与が多く、選挙ごとに政策中心で投票先を選ぶ人・・・・・・・・・・25%
*「忠誠派」政治的に知識や関心が多いが、支持政党はずっと変えない・・・・・・・・・・・・・・38%
*「無党派」政治知識はそれほどなく、少ない情報で投票するが、棄権も多い人・・・・・・・・・・22%
*「委任派」政治知識はあまりないが、保守的傾向があり、縁故による動員対象になりやすい人・・・15%

これは、30年前の三宅一郎政治学者の分析(9月28日付け朝日新聞「論壇時」小熊英二歴史社会学者の執筆より引用

30年前と違うのは、固定票に減少→無党派層の増大です。
労組加入率 1986年11%~2014年6%
町内会自治会加入率  1986年70%~2014年20%

今の有権者は三つの対立軸を持っている(遠藤晶久)
①自衛隊・安全保障
②女性の社会進出・外国人労働者などの社会的価値観
③「小さな政府」や自国優先主義の様な新保守主義
これらへの賛否が問われるとのことです。
①の自衛隊・安全保障に関する対立は弱まっている?との指摘もあります。

小熊氏は「いずれも言うは易く実行は難しい。だが、現状では、21世紀の社会に、20世紀の政治が追い付いていない。今問われているには「合意に技術」としての政治が、21世紀に生き残れるか否かである。と結んでいます。


2017年10月3日火曜日

2017総選挙 リベラルと保守

「リベラルと保守」とは一体なんだろうか?

  枝野新党の党名が「立憲民主党」となり、「安倍自民党」と「希望の党」の保守対保守の対決にリベラル新党が加わり、三極構造になってきました。
  ところで、一体「リベラル」と「保守」とは?片や英語、一方は日本語です。分かっているようで、分からないのがこれらの言葉ではないでしょうか?
「保守」: 時代の新しい風潮などに応じることを拒み、旧来の考え方や伝統的なやり方を守り通そうとすること。
「リベラル」:新明解辞典には記述がありませんでした。

  こうした概念は、西欧の政治システム導入の訳語でしょうから、英英辞典を調べてみました。(ロングマン現代英英辞典より)
 "liberal ": 1.willing to understand & respect the ideas & feelings of others
                   2.supporting or allowing some change
                   3.encouraging or leading to a wide general to a wide general knowledge wide possibilities for self-expression and respect for other people's opinion
                  4.giving freely and generously
                  5.given freely, large 
                  6.neither close nor very exact

"conservatism": 1.dislike of change,esp. sudden change
                           2.(political)order of society should be kept as it is for as long as possible and that any change should be gradual

リベラルは、どうやら他人を尊重し理解する、変化(改革)を認める、自由などなど、かなり広範な個人の自由を認めることがあるようです。

一方、保守は、新明解辞典の内容と然程変わらないようですが、しかし、変化(改革)はgradual=漸次、穏やかに、徐々に、 とあります。日本語の辞書だけでは、保守の意味の大切な所が抜けていますね。

こうしてみると、リベラルをズバリと表す日本語がない?ということでしょうか。明治時代の人たちならどう訳すのでしょうか?と想ったりします。


  



2017年9月20日水曜日

立憲主義の崩壊 言論弾圧 天皇機関説と国体明徴 政治と宗教

山崎雅弘著「天皇機関説」事件 集英社新書
赤江達也著「矢内原忠雄」戦争と知識人の使命 岩波新書

  両書とも、日本を代表する学者が、言論弾圧を受けた時代に関する書です。
天皇機関説事件では、『天皇を神格化する政治家と右翼組織が結びつき、この事件が起こった。この学説を主張する憲法学者美濃部達吉は、弾圧を受けた後『国策としての国家主義は、その最も極端なかたちにおいては、国家を単に戦闘団体としてのみ観察し、国防すなわち国家の戦闘力を強くすることが、国家の唯一の目的として、国家のすべての編制および活動をして、ひとえにこの目的を達するための手段西用としているところにある』と言っています。
  矢内原事件では、天皇=現人神を奉じる「神の国」とキリスト教の絶対神を基礎とする「神の国」が対立関係であり、「神」の概念をめぐって対立している。無教会主義の内村鑑三に師事した、矢内原の考えはキリスト教の預言者的ナショナリズムによる国体論的ナショナリズム批判と。

  いずれも、国家権力により為政者(軍部・右翼など)にとって都合の悪い思想と、弾圧されていった。

2017年8月25日金曜日

ヴァイツゼッカー大統領 ドイツ ナチ 市民 

「折々のことば」鷲田清一(朝日新聞8/23付け)より

  「悪」を名指しすること・・・ではなく、われわれをつなぎ合わせる代わりに引き離し、ぶつけ合う「弱さ」がもんだいなのです。        ヴァイツゼッカー
  ナチスへの抵抗を呼びかけたミュンヘン大学生のグループ「白バラ」が封殺されてから50年後、当時のドイツ大統領は同大学でこう訴えた。
  市民は「私生活に籠り」、文化人は「空論に傾斜する」。みなが「政治にうんざり」4となり。連帯の糸が切断されている。社会のその脆弱さを克服せねばと。演説集「言葉の力」


アジア主義 帝国主義 王道 覇道 東洋と西洋

中島岳志著「アジア主義 西郷隆盛から石原莞爾まで」潮文庫

  文庫本としては600ページを超える分厚い本です。戦後侵略主義として否定された「アジア主義」。しかしそこには本来、「アジアの連帯」や「近代の超克」といった思想が込められていたはずだ。アジア主義がどこで変節したのか。

  明治の「脱亜入欧」まっしぐらの日本が、やがて帝国主義に変貌して、結局無謀な戦争の結果1945年8月15日の敗戦を迎える。ここに至るまでの過程が分かる書です。


2017年8月17日木曜日

日本と朝鮮半島の歴史 柳宗悦(民藝学者)植民地政策 ①

韓国併合に抗議し続けた柳宗悦
「我々日本人が今朝鮮人の立場にゐると仮定してみたい。恐らく義憤好きな吾々日本人こそ最も多く暴動を企てる仲間であらう」(三・一独立運動について、日本の帝国主義を批判)
さらに、「日本にとっての兄弟である朝鮮は日本の奴隷であってはならぬ。それは朝鮮も不名誉であるよりも、日本にとっての恥辱の恥辱である。(中略)私は虐げられる人々よりも虐げる人々のほうが、より死の終わりに近いと思う。前者に対しては人間の味方が立ち上がるだらうが、校舎には必ずや自然の刑罰が加へられる。(中島岳志著「アジア主義」西郷隆盛から石原莞爾まで)潮文庫より

日本とアジア主義 多様性 柳宗悦 ②

柳宗悦が26歳の時、バーナード・リーチに書いた手紙:
 「真実、神、我々の故郷、われわれのエルサレムは、この現世の生活の中でわれわれが戻っていてゆき、そこに向かって巡礼するところですが、その故郷への道は、個人の気質(性格・内的原因)とその環境(外的原因)によってかなり異なります。明らかに、ここには我々が考えるべき二つの点があります。一つは、我々が登ろうと目指している頂きは普遍的な「一つ」のもだということ、もう一点は、その頂きに至る道程は「多数」であるといことです。
 山の頂は一つです。しかし、頂上に至る道は複数存在します。ある人は東側からのぼり、ある人は西側からのぼります。急斜面をのぼる人もいれば、回り道をしながらゆっくりのぼる人もいます。しかし、最後は同じ頂上にたどり着きます。
 柳は「真理」と「宗教」の関係を、山登りたとえました。真理は普遍的に一つです。しかし、真理に至る道は複数存在します。この道の違いが宗教の違いであって、真理の違いではないのです。-キリスト教の道もあれば、仏教の道もある。イスラームの道も、ヒンドゥーの道もある。しかし、最後は唯一の真理にたどり着く。

  岡倉天心の「不二一元論」と同じで、多一的認識こそ「アジアは一つ」の根拠だお言い「多即一、一即多」の原理を「東洋の理想」の土台に据えました。中島岳志著「アジア主義」より

2017年8月6日日曜日

日本の近代化 明治維新 司馬遼太郎 明治150年の今を考える

磯田道史著「『司馬遼太郎』で学ぶ日本史」NHK出版

三谷太一郎著「日本の近代とは何であったか」岩波新書


  磯田氏は、「司馬遼太郎は明治を「理想」と考え、明治と昭和が完全に断絶されている。と思っていたのは違う。社会の病というのは、現実の病気と似て潜伏期間があり、昭和に入ってとんでもない戦争に突入してしまう菌や病根は、やはり明治に生じていたのではないか。明治と言う時代は、まだそれが発症していない「幸せな潜伏期間」だったのではないか。」と言っています。ナショナリズムとパトリトティズムという比較も。

  三谷氏は、大学での長年の研究ののち、「・・日本の近代について総論的なことを書くこと、そしてそのために日本近代化の概念的把握を試みることの重要性を知りました。(中略)カントによれば、人間の意識はすべて直観をもって始まり、直観から概念にいたり、理念をもって終わります。(中略)その理念の先に、理念によってのみ規定される理想があります。云々」とあとがきで述べておられます。